大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ワ)343号 判決 1997年12月16日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

山本恵一

被告

日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

黒谷孝行

右訴訟代理人弁護士

玉田誠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する平成九年二月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。

2  原告は、被告との間で、昭和六三年一月二六日、左記の住宅火災保険契約を締結した。

(一) 保険期間 一九八八年一月二六日から二〇〇八年一月二六日午後四時まで

(二) 保険対象物件(所在) 神戸市須磨区寺田町<番地略>

(家屋番号)  五〇番

(構造)  木造瓦葺三階建 居宅

(床面積)

一階31.01平方メートル

二階31.01平方メートル

三階16.99平方メートル

(三) 右物件所有者 原告

(四) 保険金 一二〇〇万円

(五) 保険料 一五万七二〇〇円

(六) 証券番号 八七七二―五三〇五八一

3  右保険対象物件たる建物(以下「本件建物」という。)は、平成七年一月一七日、火災により全焼した(以下「本件建物火災」という)。

4  よって、原告は、被告に対し、住宅火災保険契約に基づき火災保険金一二〇〇万円及びこれに対する平成九年二月八日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

三  抗弁

1  地震免責約款

(一) 原告と被告は、請求原因2の住宅火災保険契約を締結する際、住宅火災保険普通保険約款に従う旨合意したが、右住宅火災保険普通保険約款には、地震によって生じた損害(地震によって発生した火災が延焼または拡大して生じた損害、及び発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害を含む)に対しては地震火災費用保険金以外の保険金を支払わない旨の定めがある(住宅火災保険普通保険約款第二条第二項)。

(二) 平成七年一月一七日午前五時四六分、兵庫県淡路島北端を震源地とするマグニチュード7.2の直下型地震が発生した(以下「本件地震」という)。神戸市内においては、地震の直後から火災が広範囲において多数発生し、加えて交通が途絶し、あるいは消防署員自らが被災したことなどにより消防署員の参集が遅れたこと、道路自体の損傷や建物の道路への倒れ込み等による交通障害と一般車両が主要幹線道路に殺到したことによる交通麻痺のため消防車が火災現場に到着するのが遅れたこと、断水や水道管の被害により消火栓が使用できなかったこと、瓦礫に埋もれた被災者を救出する作業に人員を割かれ、消防活動に専念することができなかったこと等、地震に起因する諸事情により多発した火災に消防能力が対応できず、火災が広範囲に延焼し被害の拡大をもたらした。

(三) 本件建物火災の火元、出火時刻、延焼拡大の状況

本件建物の所在していた神戸市須磨区寺田町及びその周辺一帯は本件地震による震度七の激震地域であり、地震により多数の建物が全半壊した。

本件建物火災は、延焼によるものであるが、その火元は、本件地震によって家屋が倒壊した神戸市長田区水笠通<番地略>所在の金田方付近(別紙図面参照。以下同じ。)であり、平成七年一月一七日午前九時ころ出火した(金田方付近から一帯に拡大した火災全体を以下「本件火災」という。)。付近は当初無風状態であったため、倒壊建物に延焼しながらゆっくりとした速度でやや東向きに周囲へ拡大した。その後、風が北東から吹き始め、東側は午後二時三〇分ころには水笠通商店街で焼け止まり状態となった。しかし、西側へは延焼拡大が続き、午後三時ころには、水笠通五丁目全域、水笠通六丁目及び松野通三、四丁目に達し、このころから北東の風が強くなってきたため、延焼速度は速くなった。

午後四時ころには、道路上に倒壊した建物を媒介として須磨区側へ延焼し、午後五時三〇分ころには、大池町、千歳町、常盤町の各一丁目全域に拡大した。一方、北側へは一八時三〇分ころ、御屋敷通六丁目及び寺田町一、二丁目の一帯に達し、さらに、西側へと勢力を増しながら火災は拡大した。また、南側街区では一八時ころには、千歳町一丁目付近から常盤町二丁目付近へと飛び火し、千歳小学校を回り込むように、幅員二六メートルの主要市道西出高松前池線付近まで延焼した。このころには風にあおられての飛び火が多くなり、一九時ころには、常盤町二丁目から千歳小学校の南側の民家へ、さらに、千歳町三丁目から主要市道西出高松前池線を超えて常盤町三丁目へ飛び火し、常盤町三、四丁目一帯へと拡大した。

(四) 長田消防署の活動状況

本件建物火災の火元は前述のとおり長田区内であり、管轄する長田消防署消防隊が最初に駆けつけているが、その活動状況は以下のとおりである。

地震当日午前一一時ころの時点で、長田消防署三階署長室の西面窓から西方には幾本もの黒煙が確認できた。

本件火災場所についても、西方約一キロメートルで県道神戸明石線のすぐ南側付近に大きな黒煙の上昇が視認できた。

消防隊は、午後零時過ぎころ、長田五(ポンプ車)、長田二七(はしご車)の二隊で現場に向かった。

長田署から県道神戸明石線に入り、西進するも、西行車線は渋滞のため、署前付近から車両がほとんど進まない状況であり、前方車両をマイクで左右に振り分け誘導しながら進行した。

大道通二丁目付近で幹線道路を避け、川西通と細田通との境界道路へ迂回、街区内道路へ左折したが、家屋の倒壊が激しく隊員の先導を受けながらの走行となった。川西通二、三丁目の交差点で、電柱から垂れ下がった電線が支障となり、前進できなくなり、再び幹線道路に引き返し、外の迂回路を探しながら前進したが、大道通、川西通の南北道路は家屋が倒壊し通行できない状況であった。やむを得ず、渋滞中を進んだが西代の陸橋が破損し通行できなかったため、側道に入り御屋敷通三丁目のサンバレー(レストラン)を左折、御屋敷通と水笠通との境界道路を西へ進入しようとしたが、ここも倒壊した建物が道路を塞いでいた。

この付近で、長田五に乗車していた数名が降り、付近の救助活動に当たるとともに、同車は再度、県道神戸明石線に戻り、西進し、長田二七が御屋敷通五丁目県道上の防火水槽に部署するのを確認し、須磨区との境界道路を南下し水笠西公園北西付近の防火水槽(四〇トン)に到着した。

防火水槽に部署し放水を継続したが、火勢は全く衰えず、一時間足らずで防火水槽の水を使い果たし、その後隊員は付近の使用可能な水利を探し回ったが、消火栓は断水し、防火水槽は空の状況であった。長田港からの海水中継隊との連絡を取るため無線送信しても、連絡不通の状態であり、公衆電話、携帯電話も回線不通で使用できない状態であった。

その後、他都市から応援隊が到着し、千歳小学校プールの水を中継送水し、放水を再開したものの、少ない筒先を有効に機能させるため、筒先移動しながら放水する状態であった。

右現場で活動していた長田消防署の中隊長は、午後四時ころ、水源が残り少ないとの情報を得て、このままでは放水活動ができないと判断し、大隊長の指示を得るため、一旦長田消防署に戻り、副大隊長から、神戸市民プールからの中継送水及び長田港からの海水中継隊の送水を水源として西への延焼を阻止することを指示された。消防隊は、午後五時ころ、再出動し、中継体制の完了後、寺田町二丁目と大池町二丁目との境界道路から東へ一線、大池町二丁目コトブキスカイパーク北側駐車場内へ一線それぞれ筒先を侵入させ、防御にあたった。その後、水源は、神戸市民プールからJR鷹取工場内の貯水槽や長田港からの海水中継に切り替えた。そして、一八日午前二時ころ、寺田町二丁目及び大池町二丁目一帯は概ね延焼が阻止された。

(五) 延焼拡大の原因

前述のとおり、本件火災の出火時刻は平成七年一月一七日午前九時、覚知時刻は同日午前一一時ころである。また、長田消防隊が出動した時刻は午後零時過ぎであり、現場到着時刻は午後一時三〇分ころである。そして、鎮圧は翌一八日午後二時二〇分、鎮火時刻は不明である。このように覚知が火災発生より二時間も要していることは、まさに異常事態である

また、電話等通常の手段ではなく、消防署員が長田消防署三階の窓から「西方一キロメートルで大きな黒煙の上昇」を発見し、覚知しているなど、覚知方法も異常である。

さらに、本件火災は覚知時既に大きな黒煙となっていたにもかかわらず、消防署員は直ちに出動することができず、火災覚知から出動まで実に一時間を要している。

加えて、出動から現場到着まで、距離一キロ、平常時であれば数分の距離を、倒壊家屋、交通渋滞及び救助活動等のため、一時間三〇分要している。

このように、覚知、出動、到着が平常時では考えられないほど大幅に遅れたのは、都市を直撃した本件地震を原因とすることは明らかである。

消防隊が到着した後といえども、神戸市内のほぼ全域が地震による断水のため消火栓は全く使用できず、防火水槽及び千歳小学校のプールの水源に消火活動にあたったが、水量は極めて乏しいため盛んな火勢を止めることはできず、火勢は全く衰えることなく、かえって倒壊した家屋を這うように延焼していった。

本件火災が猛威をふるい広範囲に延焼拡大した主たる原因は以上のとおり消防力が完全に無力であったことによる。そして、消防力が無力となった原因が本件地震であることは明白である。

(六) 地震免責条項の適用

(1) 「火災原因認定書2」によれば、本件火災の原因は「人的及び物的な確証が得られず発火源・経過・着火物等特定できないため不明として処理する。」とされているが、倒壊した建物より、地震発生後三時間余りで出火しているのであり、特段の事情がない限り、地震によるものと事実上推定されるべきであるから、本件火災は地震によって発生したものであり、原告の主張する損害は、地震免責条項の「地震によって発生した火災が延焼または拡大して生じた損害」に該当する。

(2) 仮に、火元の火災が地震によるものとは認められないとしても、原告らの主張する損害は、地震免責条項の「発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害」に該当することは明らかである。

2  質権設定

原告は、本件保険金請求権について、訴外日本信販株式会社に質権を設定し、被告はこれを承諾した。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、住宅火災保険普通保険約款の内容は認め、その余は争う。

(二)  同(二)ないし(四)の各事実は認める。

(三)  同(五)の事実のうち、消防隊が到着した後といえども神戸市内のほぼ全域が地震による断水のため消火栓は全く使用できなかったこと、本件火災が猛威をふるい広範囲に延焼拡大した主たる原因は消防力が完全に無力であったこと、消防力が無力となった原因が本件地震であることは明白であることは否認し、その余は認める。

須磨区においては防火水槽を水利に延焼阻止に成功したところもあり、妙法寺川をせき止めて水利を確保し、またプールを水利に消火活動が行われたし、さらに長田港から何台もの応援隊(他都市・消防団)を通じて海水が中継送水されており、懸命の防御活動が続けられたのであって、地震により消防が機能麻痺していたために延焼拡大したとはいえない。

(四)  同(六)のうち、「火災原因認定書2」の記載内容は認め、その余は争う。

約款の解釈に際して疑問があるときには、約款使用者の不利に解釈し、疑わしきは約款使用者の負担に帰せしめられるべきであり(不明確準則)、地震免責約款を字句どおり厳密に解すれば「地震」そのものと延焼拡大との間に(相当)因果関係を要すると解され、被告の主張するように地震に伴う多発火災に消防能力が対応できなかった場合をも含むとは解されない。

2  抗弁2の事実は認める。

五  再抗弁(被担保債権の弁済)

1  地震免責条項という火災保険約款の重要な内容につき口頭あるいは書面による十分な事前説明もなく、契約締結後に約款を送付するだけという実情では開示及び説明義務違反として地震免責条項は無効である。

また、地震免責条項の適用範囲につき契約者が容易に理解しうるよう火災保険の約款文言を明確化すべきであるところ、被告引用の地震免責条項は一義的に明確でなく、ことに、地震によって「延焼または拡大して生じた損害または傷害」との規定は、具体的にいかなる場合がこれに該当し、いかなる場合がこれに該当しないか明確でなく、地震後の生活上、行政上の混乱が多少なりとも延焼や損害拡大に影響を与えている場合のすべてがこれに含まれるとするならば、地震免責条項は無限に拡大解釈されることになりかねず、契約者がこれを容易に理解できるとは到底いえないのであって、右条項は無効である。

2  原告は、訴外日本信販株式会社に対し、抗弁2記載の質権の被担保債権を弁済した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因については当事者間に争いはない。

二  抗弁1について

1  抗弁1(一)のうち、住宅火災保険普通保険約款の中に、地震によって生じた損害(地震によって発生した火災が延焼または拡大して生じた損害、及び発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害を含む)に対しては地震火災費用保険金以外の保険金を支払わないとの定めのある点については当事者間に争いはない。

原告は、地震免責約款について、被告により事前の開示、説明義務が尽くされておらず無効である旨主張するが、右開示、説明義務が尽くされていなかったとする証拠はない。

また、原告は、地震免責約款の内容が一義的に明確でなく、契約者が容易に理解できるものとはいえないから無効である旨主張するが、右条項の文言や趣旨からその適用範囲は自ずから限定することが可能なのであって、契約の客観的有効要件を充たすことができないほど不明確なものとはいえず、原告の右主張は採用できない。

2  抗弁1(二)ないし(四)の各事実については当事者間に争いはない。

同(五)の事実のうち、本件火災の出火時刻は平成七年一月一七日午前九時ころであること、右火災が電話等通常の手段ではなく、同日午前一一時ころ消防署員が長田消防署三階の窓から「西方一キロメートルで大きな黒煙の上昇」を発見し、覚知されたこと、長田署消防隊が出動した時刻は午後零時過ぎであり、出動から現場到着まで、距離一キロ、平常時であれば数分の距離を、倒壊家屋、交通渋滞及び救助活動等のため、一時間三〇分要していること、消防隊は現場到着後、防火水槽及び千歳小学校のプールを水源に消火活動にあたったが、水量は極めて乏しいため盛んな火勢を止めることはできず、火勢は全く衰えることなく、かえって倒壊した家屋を這うように延焼していったこと、鎮圧は翌一八日午後二時二〇分であり、鎮火時刻は不明であることは、当事者間に争いがない。

また、甲第五号証の二及び乙第一号証ないし第九号証によれば、本件火災が本件建物の所在する寺田町二丁目周辺に延焼したのは平成七年一月一七日午後一〇時ころであること、寺田町二丁目周辺では消火栓が使用不能であったこと、長田港からの海水の中継は数キロの距離をホースでつなぐものであり、途中ホースを通過車両に引きちぎられるなどして、消火活動は困難を極め、寺田町二丁目においても南から北へと延焼し、本件建物に延焼したのであるが、本件建物付近には耐火建物や駐車場等があり、消火活動も功を奏し、この付近において焼け止まったこと、本件火災により、一三一一棟、延一四万二九四五平方メートルが焼損したことを認めることができる。

3  本件建物火災は、本件火災が延焼したものであるところ、本件火災は、本件地震発生後三時間余り後に発生したものであって、地震そのものに原因するか否かについて、これを明らかにする証拠はない。しかしながら、右延焼は、神戸市長田区及び須磨区一帯の家屋の多くが倒壊したため、たやすく延焼しうる状態となった一方で、交通渋滞や人命救助の必要性から消防隊の迅速な移動が妨げられたこと、断水により消火栓が使用できなくなったこと、同時に広範囲で火災が多発したことなどにより消火能力の限界を超えたことなどを原因とすると認められ、これらがいずれも本件地震に起因することは明らかである。してみれば、右延焼と本件地震との間には因果関係が認められるのであって、出火原因は不明であっても、本件火災は地震によって延焼したものということができる。

なお、原告は、地震免責約款を字句どおり厳密に解すれば「地震」そのものと延焼拡大との間に(相当)因果関係を要するもので、地震に伴う多発火災に消防能力が対応できなかった場合を含むとは解されないと主張するが、本件の場合は、単なる多発火災に止まらず、前述のように交通渋滞や人命救助の必要等から消防隊の迅速な移動が妨げられたうえ、消火栓等の消防設備が地震によって損壊するなどして、消防活動そのものが地震によって制限されたものであって、これを地震との間に因果関係がないとする原告の右主張は採用できない。

三  結語

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本哲泓 裁判官村田文也 裁判官坂口裕俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例